2012年1月13日金曜日

The Tze'enah u-Re'enh: Torah for the Folk


Schultz, Joseph P., 1987. 'The Tze'enah u-Re'enh: Torah for the Folk', Judaism 36(1), pp.84-96.

前々回のエントリーで紹介したツェネ・レネの別の論文です。

まず著者はツェネ・レネ(イディッシュ読み)が出来上がる前史として、Teitch Humashの流れと、Die Lange Megillahの流れを紹介します。

Teitch Humashはトーラーのイディッシュ訳ですが、単なる逐語訳ではなく、短めのラシの註釈等も組み入れたものです。例えば創世記37章24節、ヨセフが兄貴たちにいじめられて穴に放り込まれる場面ですね。原文は以下のようなものです。
ヨセフがやって来ると、兄たちはヨセフが着ている着物、裾の長い晴れ着をはぎ取り、彼を捕らえて、穴に投げ込んだ。その穴は空で水はなかった。 (創世記37章23-24節、新共同訳)
これにラシの註釈、
その穴は空で水はなかった。しかしそこには蛇と蠍がいた。
を組み入れる(「しかしそこには蛇と蠍がいた」を付け加える)わけですね。このような「単なる翻訳」ではなく、「敷衍」が加わっていく例として、私なんかはたとえばアラム語訳聖書の偽ヨナタン等が思い浮かびます。

「翻訳」でも「敷衍」でもなく、編集というレベルも超え、創作の域に入るような作品が、イディッシュでいうと例えばDie Lange Megillah(Leib ben Moshe Melir著、1589年クラクフ刊)という作品。この作品は聖書のエステル記と、それに関連する(と作者が判断する)ミドラシュ、アガダー、民話等を織り交ぜ、新たな作品として作り直したものだそうで、大層人気があったとのこと(p. 86-87)。これと同じ傾向の作品としては他にDer Shmuel Buch, Der Melakhim Buchが挙げられます。

ツェネ・レネはこの双方の流れを組んでいると述べます。つまりTeitch Humashの「伝統的・教化的」側面とDie Lange Megillahの「語りの流麗さ・娯楽的要素」の二点。Teitch Humashがヘイデル(ユダヤ教の寺子屋のようなもの)で生まれ、編纂された、つまり生来的に教育目的であったのに対し、後者Die Lange Megillahが大衆に向けた講釈・語り、つまり教化的要素とともに、ある意味でのを「娯楽」を目的としたものであった、この二点を矛盾なく見事に紡ぎ上げたのがツェネ・レネだと述べます(p. 87)。

さて、前々回のエントリーとも関連しますが、本論文で紹介されている、ジェンダーに関わる聖書註解を見ていきましょう。
前々回とは別の箇所ですが、創世記2章21節、
主なる神はそこで、人を深い眠りに落とされた。人が眠り込むと、あばら骨の一部を抜き取り、その跡を肉でふさがれた。(新共同訳)
です。ツェネ・レネはまずトレドのIsaac ben Joseph CaroのToldot Yitzhakの註釈を引用します。
このことから我々は倫理的教訓を引き出すことが出来る。男は、彼の妻に対して彼の魂の欲するところとは異なるものを見出したとしても、妻に対して怒ってはいけない。むしろ寝ている時の如く、それを見ないように努めるべきである。(p. 88. 原典未見)
続いて創世記ラバーに基づいた註釈を述べます。
もし男が善き人であるならば、主は彼に対し、彼の最愛の者となり彼を支える妻を授けるであろう。しかしながらもしも男が義なる人でないならば、主は彼に対し、彼の魂にとって脅威となるような妻、現世も来たるべき世も失わせるような妻、つまり[単なる]死よりも苦い妻を遣わされる。同様に、夫に来たるべき世[の褒賞]を齎してくれる女性も存在する。[さて、]先に述べたような、義人の夫と妻も事例である。彼らは子宝に恵まれず、夫は妻を離縁した。離縁された[義なる]妻は極めて邪悪な男と再婚し、その男を偉大な義人へと変えた。妻を離縁した[義なる]男は極めて邪悪な女と再婚した。全て彼女のうちの邪悪なものは彼を罪人へと変えた。(pp. 88-89. 原典未見)
興味深いのは創世記ラバーと微妙に内容が違っていることです。
さて、敬虔な男と、同じく敬虔な女が結婚したが、子宝に恵まれなかった。彼らは言った。「私たちでは[子どもができないので]主の力になることが出来ません」彼らは直ちに離婚した。男は邪悪な女性と再婚し、その女性はその[敬虔な]男を悪人に変えてしまった。女は邪悪な男性と結婚し、女はその[邪悪な]男性を義人に変えた。このように女性は全てを決定するのである(創世記ラバー17章12節)
ツェネ・レネと創世記ラバー本文では、女性の感化力が男性よりも勝るという前提は変わらないのですが、創世記ラバーでは男女が合意し、対等な立場として決定を下しているのに対し、ツェネ・レネでは男性が一方的に断を下しています。加えて創世記ラバー本文に存在していた「このように女性は全てを決定するのである」という一文がスッポリ抜け落ちております。

前々回の論文ではツェネ・レネのフェミニスティックな部分が強調されていましたが、創世記ラバー本文との並行記事を比較すると、創世記ラバーの方がよっぽどフェミニスティックなように見えます。この部分だけ読むと女性の価値に疑問を抱き、貶めるというようなことはないのですが、自己決定し、男性と対等な立場・役割で振舞う女性は許容できないように思えますが、少しテーマが大きくなるので今後の課題とします。ちなみにセファラディー文学でも大体同じような感じです。

なおツェネ・レネの「元ネタ」ですが、以下のようなもののようです。トセフタ、ミドラシュハラハー&アガダー、各種聖書註解、Bahya Ben Asher, Isaac ben Joseph Caro, Sefer Hasidim, Sefer ha-Mevakesh(Shem Tov ibn Falkera)、イブン・ガビーロール、マイモニデス、サアディヤ、キムヒ、Menorat ha-Maor(Isaac Aboab), ゾハル、Palm Tree of Deborah(Moses Cordovero)等。カバラーはあるけどあんまり多用してないようです(pp. 89-90)。


前々回にツェネ・レネの文献学的・言語学的価値に少し触れましたが、もう少し詳しく書いてみます。この本は前にも述べたように実に210版以上もの版が刷られましたが、まず「西欧版」と「東欧版」があります。「西欧版」はその名の通り西欧のユダヤ人出版社から出た版。当時はまだまだ西欧にもアシュケナズィーがおり、イディッシュ語を話していました。ただ西欧と東欧で方言が結構違っていたらしく、出版社は購買層を拡大するために、西欧方言でも東方方言でもない、それまでの書き言葉でも使われていた、「共通語」で出版します。当時は話し言葉と書き言葉が結構乖離していたようなのですが、今の私にはあんまりよくわかりません。その後西欧が近代に突入し、啓蒙の時代に入り、西欧ユダヤ人の同化が進むにつれ、西欧におけるイディッシュ文学の潜在的購買層がどんどん縮小していきます。そしてイディッシュ文学・文化の中心が東欧へとシフトし、それに伴い出版社は、「共通語」版ツェネ・レネを東欧向け「口語版」として手直しして出版・販売するようになります(実際は1836年ー1900年の期間はヴィルナのロム家のみが出版)(p. 90)。

以上がおおまかな出版史なのですが、19世紀のツェネ・レネの各種エディションは、ハスカラとハスィディズムの思想闘争の「戦場」の様相を呈することになったと述べます。マスキリーム(啓蒙主義者)はツェネ・レネの普及度と人気を勘案し、これに手を加えることで民衆教化の有効な手段とするようになります。実例として挙げられているのが、Haskala tendenzという作品。モーゼス・メンデルスゾーンの弟子にして、1808年から1817年までウィーンにて彼の息子たちの教師あったでHerz Homburgの手によるものです。彼の「ツェネ・レネ」の特徴として以下が挙げられます。

①プシャット重視、聖書本来の字義から離れた解釈は退ける。②モーゼス・メンデルスゾーンの聖書註釈(beur)、あるいはそれに基づく近代的な註釈に則る。③ミドラシュの採用には慎重。④異教徒に対する否定的態度、イスラエル民族(ユダヤ人)と多民族との違い(優劣)を強調する部分の削除。⑤諸現象に対する、物理的・理性的思考に基づいた説明。⑥歴史的説明。⑦彼らの時代から見た時に「時代遅れ」だと感じる観点に対して、理性的思考・理性的観点の強調(p. 91)。


では具体例としてはどのようなものでしょうか。本論文ではHomburgの「削除」傾向のツェネ・レネではなく、そっと註釈を重ねる例が紹介されています。創世記2章3節。

第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。(創世記2章2-3節、新共同訳)

「伝統的」ツェネ・レネは以下のように続けます。
主は、人がもう一つの魂(neshamah yeterah)、すなわち人が他の[聖でない]日に持つことができない魂を得るため、安息日を祝福されたのである。(p. 91. 原典未見)
この註釈に続けて、1842年ヴィルナ版(編者がマスキールとのこと)のツェネ・レネは、魂(neshamah)に以下のような注をつけます。
第六感(inspiration)と呼ばれるところのものである。(p. 91. 原典未見)

このような「マスキール版」ツェネ・レネに対し、ハスィディズム側はすぐさま反転攻勢に出ます。Homburgが「削除」したものを全て復活させ、上記のようなマスキールが追加した「異物」を取り除き、伝統的ツェネ・レネを1845年Josevovで、1848年Zhitoarで出版されます。まさに「戦場」ですね。現代だと伝統的ユダヤ教を勉強しようと思い適当に手にとって読んでみたらいつの間にか啓蒙主義者になってしまっていた、というようなことも起こりうるというのが面白いです(まあないでしょうが)。

私がこの前買ったのは1860年のヴィルナ版なのですが、この版が果たしてどうなってるのか気になりますね。ブルックリンから大阪に送ってもらったので、まだ現物は見ていないのです。

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