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2012年4月28日土曜日

ロックミュージックの社会学(1)

ロックミュージックの社会学 (青弓社ライブラリー)ロックミュージックの社会学 (青弓社ライブラリー)
南田 勝也

青弓社 2001-08
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最近は社会学・音楽学の本を手に取ることが多いのですが、これもその中の一冊。
勿論自分自身は専門ではないので読んで「ふうむ」とか思うくらいなのですが、この本は「ふうむ」に終わらず、随分興奮しました。10代の頃からの自分の「ロック」分析とその歴史の記述と基本線において軌を一にし、さらには自分自身の目の届かないところも(当たり前ですが)キッチリと俎上に乗せてくれているからです。

自分自身は、今となってはそこまで「ロック(ミュージック)」に思い入れがないのですが、大多数の若者と同じ程度かそれ以上には聴いてきた・関わってきた経験があります。
それまでも巷の流行曲やゲームのサントラなんかにも親しみはあったのですが、そもそも真面目に音楽に対して向かい合い始めたのは、おそらく中学生の頃からでしょうか。もう遙か時の彼方なので少し自信がないのですが、中一の頃に10歳ほど年上の友人にもらったzabadakを聴いてから、「音楽」という存在のウェイトがぐっと増したような記憶があります。その後遅ればせながらX(定番ですね。まだ現役でした)を聴き始め、「ロック」というものを強く意識し、音楽遍歴が始まった気がします。その後中二の頃に家のレコードプレイヤーから流れてきたQueenの「Bohemian Rhapsody」とカルメン・マキ&OZの「私は風」に度肝を抜かれ、「ロック」遍歴は始まったのでした。
前者によってプログレ(ッシブ・ロック)の扉が、後者によってHR/HMの扉が開かれ、中三の終わり頃からは主に前者の道に進むことになるのでした。後者はともかく前者については音楽的嗜好を共通とする友人はほとんどおらず、孤軍奮闘でしたが…。

音楽遍歴について書き始めるときりがないのでまたの機会に。
言いたいことは、自分は「ロック」なるものを多少なりとも聴いてきた。その経験から「これはロックである」「これはロックでない(ポップだよ)」等の判断を自覚的無自覚的に下している。つまり「ロックを語る(判断する)場」に参加している──ということです。


本書は全7章ですが、大きく前半(1〜3章、4〜終章)と後半に分けることが出来ます。
前半の第1章 ロックミュージック文化の三つの指標、第2章 ロック<場>の理論、第3章 ロック<場>の展開、は、社会学の理論に基づいて欧米文化発の「ロックミュージック」及びその<場>を分析・史的記述したもの、第4章〜終章 日本のロック─60、70、80、90年代、は欧米文化発のロックが日本においてどのように受容・展開されたかを記しています。

全章が興味深いので、順番に。


第1章では1960年代中期から後期にかけて「ロック(≒ロックンロール)」なるものを成立させる要素及び「ロック」であることを決定づける価値観の体系を、

①社会的布置での「下方向」志向を意味する、<アウトサイド>指標
②純粋芸術へ挑戦し続ける、<アート>指標
③ポピュラリティを獲得していく、<エンターテイメント>指標

として提示します。

この「ロック」成立時の60年代中期から後期にかけては、世界的な対抗文化のうねりの中、偶有的にこの3つが相互矛盾することなく渾然一体となった瞬間であり、後に「ロック」の原風景として参照されることになります。

この三つの指標のうち個人的に面白いなと思ったのが、③の<エンターテイメント>指標です。ロックの前身は当然ながらロックンロールですが、そのロックンロールはエンターテイメントに大きな比重が置かれていました。ロックはポピュラリティを捨て<アート>に特化していくジャズとは違い、自身をある一定層(若者やマイノリティ)を代弁するものであるとする傾向がありますが、そのような自己認識もあって、ロックンロールの正当な嫡子である(と自認する)ロックはエンターテイメントを捨てなかった。
この<エンターテイメント>指標に関連するものとして、商業主義の問題があり、後に二つの指標と激しく争うことになります。「商業ロック」や「飼いならされたロック(=ポップ化)」として批判されるような問題です。ですが、この60年代中期から後期にかけての時点では対抗文化自体が独自の流通システムを用意していたため、そのシステムに乗るならば大資本が独占する流通ルートを使わずに済む=<アウトサイド>性を確保できるため、問題にならなかったと解説します。なるほど。


第二章はブルデューの<場>理論を用いて「ロック<場>」という分析装置の構築に向かいます。その目的とするところは「何をもってロックとするのか」「どのような社会的ポジションをロックと感じるのか」という曖昧模糊とした質問に答えることです。

本書の図表(p. 59、圧巻!)を見れば大体は理解できるのですが、ここでは高級音楽芸術(≒西洋クラシック)<場>とロック<場>を垂直軸・社会空間(上流・中間・下層)に中心点を共有する三角形として合わせ鏡のように布置し、横軸には前者においてはピュア・アートとインサイド指標をとり、後者においては<アウトサイド>指標と<アート指標>をとります。中心点には大衆化<エンターテイメント>指標を置き、商業主義・消費社会の要請としての文化的正当性の異化・無化を、全体と合同する四角形として置きます。

試しに文章にしたらさっぱり分からない(幾何学はダメです)ので、買って見てみてください。
しかしこれは異常に優れた図です。
この「ロック<場>」が如何に優れているかということは、次章以降の<ロック>史(≒ロック史)の記述で明らかになります。


さて第三章は承前の分析装置を用いて<ロック>史を記述していきます。

70年代に入り対抗文化や学生運動は下火となっていきますが、それに呼応するかのように「ロック」の狂騒も下火となり(ビートルズも解散しますね)、70年代中期までに「ロック」の分化が起こります。
「分化」とは、上記三指標のいずれかにウェイトを置き・置いてるとみなされ(勿論他の指標を排除するというわけではない)、それが「ジャンル」として成立していくプロセスを意味します。

<アウトサイド>指標を志向した「ロック」は、60年代末の対抗文化の衰退を受け、この時期「穏当なるアウトサイダー」として振る舞い、中央文化に対する「周辺文化」を基盤とした「ロック」を創り出した、と述べます。彼らの向かう先は(アメリカでは、という限定があった方がいいと思います)「土」「郷愁」といったものを感じさせるジャンル、つまりサザンロックやカントリーロックと名付けられます(デュアン・オールマン華やかりし頃のオールマン・ブラザーズ・バンドの活動時期やザ・バンドを思い起こしましょう)。以上はアメリカでの話ですが、イギリスではグラムロックがこれに当たるとのこと。グラムロックが<アウトサイド>と言うのは少し意外の感がしますが、確かに通常の社会通念の埒外(「ジギー・スターダスト」に至ってはもう異星人です)に存在している、というパフォーマンス(設定)はそうですね。著者はこの70年代前半という対抗文化挫折の時期に<アウトサイド>指標を強く志向するグラムロックがこのようにアウトサイダーを「戯画化」して演じてみせるのは非常に象徴的だと述べます。

<アート>指標を志向したグループは、「ロック」を高級芸術音楽と同等の地位にまで引き上げようとし、音楽理論を駆使し、技巧を凝らし、ちょうどクラシックの分野で現代音楽が試みたようなことをし始めます。後に「プログレッシブロック」と呼ばれるジャンルです(思えばクリムゾンの1stアルバムがアビーロードをチャートから蹴落とした(という話)のも69年も終わりに差し掛かる頃です)。彼らは「芸術」としての「ロック」を追求していったがために、それはロックンロールの系譜である「踊る」ための<エンターテイメント>から、「聴く」ための<アート>へと強く志向することになります。確かにこの頃のプログレのコンセプトアルバム(思いつくまま適当に挙げましょう。「海洋地形学の物語」「The Snow Goose」「A Passion Play」「狂気」)なんかを聴いてると、エルヴィスやチャック・ベリーの直接の嫡子とはもう思えませんよね。ロックは第一に<エンターテイメント>である、と考える層にとっては、もうこれらの音楽を「ロックである」と言うのに躊躇してしまうかも知れません。受容者層の分断化が見てとれそうです。

<エンターテイメント>指標を目指したグループはその後どのようにジャンル分けされるのかというと、ここで出てくるのがハードロックだと述べます。オジーのパフォーマンスやディープパープルのライブアルバムの盛り具合、クイーン来日時の狂騒などを思い出すと、確かに彼らはまずプロの「エンターテイナー」であるというような気がします。

勿論、前にも少し注意書きを入れましたが、この三つの指標のうち一つ「のみ」に特化するということは妥当ではありません。イエス・ソングスやオールマンのフィルモア・イーストを聴いていると彼らのライブは超一流のエンターテイメントですし、ツェッペリンやクイーンの音作りは確実に<アート>を志向しています(だからこそ「ジャンル分け」が難しいのですが…)。

しかし著者によるとこのハードロックの<エンターテイメント>志向の流れはエアロスミスやキッス等(おお、彼らはデビューする頃にはもう70年代中盤に差し掛かろうとしています)を想起すると、もうその頃にはハードロックは<エンターテイメント>指標を代表するロックの下位ジャンルと認識されるようになっていた、とのこと。
(そう考えると73年デビューのクイーンの<エンターテイメント>と<アート>の両立(してると思ってます)が際立ちますね)

以上ここまでが、パンク出現以前の<ロック>(=まだ「ロック」)の状況です。
個人的にはロックンロール発祥の地・アメリカとイギリスを引っ括めて考えて良いのかなという気がしないでもないですが、なかなかに興味深いですね。

今思いついたのは、カンサスのロビー・スタインハート(Vn.)がインタビュアーに「あなた達の音楽はプログレだって言われてるけど?」と質問された時、「いや〜、ロックンロールだろ〜」と答えたという話です。自分は常々彼らを「プログレ」に分類することに違和感を感じていたのですが、彼らは(少なくともロビーは)エンターテイナーとして自分たちを位置付けていたんですね。彼らは初期(2ndまでが特に)は南部をルーツとした音作りをモロにしており、そういう意味ではサザンロックに分類されるのですが、ロビーのヴァイオリンと変拍子の多様、演奏能力の高さと凝った曲構成のせいで<アート>指標が強いとされ、プログレに分類されているのでしょう。ただ二回ライブに行った身として、また先のロビーの返答を受けて、サザンロックかハードロックに入れてあげたいですね。

さてこの時期<アウトサイド>指標に分類される「ロック」は、明らかに既成の価値観への挑戦や反骨精神といったものを欠いたように見えるのですが(正直自分にも<エンターテイメント>との違いがほとんど見えないくらい「薄い」)、それは当時「ロック」に「アウトサイダー」としての役割を期待する層からしてもそうだったようで、70年代後半に入った頃に「アウトサイダー」による「ロック」奪回が起こります。

言わずもがな、パンクです。

長くなったのでまた次回に。ちょっと気合入りすぎました。

2011年12月25日日曜日

リトアニアのエルサレム

西暦の今年末に、次の本が出版されます。
余計なお世話でしょうけど、イスラエルやイスラーム諸国じゃあるまいし、何もキリスト教歴のこんなド年末に出さなくてもいいと思うのですが…。

Jerusalem of Lithuania: A Reader in Yiddish Cultural HistoryJerusalem of Lithuania: A Reader in Yiddish Cultural History
Jerold C. Frakes

Ohio State Univ Pr (Trd) 2011-12-30
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概略は以下の通り。

Yerusholayim d'lite: di yidishe kultur in der lite (Jerusalem of Lithuania: A Reader in Yiddish Cultural History) by Jerold C. Frakes contains cultural, literary, and historical readings in Yiddish that vividly chronicle the central role Vilnius (Lithuania) played in Jewish culture throughout the past five centuries. It includes many examples of Yiddish literature, historiography, sociology, and linguistics written by and about Litvaks and includes work by prominent Yiddish poets, novelists, raconteurs, journalists, and scholars. In addition, Frakes has supplemented the primary texts with many short essays that contextualize Yiddish cultural figures, movements, and historical events. Designed especially for intermediate and advanced readers of Yiddish (from the second-year of instruction), each text is individually glossed, including not only English definitions, but also basic grammatical information that will enable intermediate readers to progress to an advanced reading ability. Because of its unique content, Yerusholayim d'lite will be of interest not only to university students of Yiddish language, literature, and culture, but it will be an invaluable resource for scholars and Yiddish reading groups and clubs worldwide, as well as for all general readers interested in Yiddish-language culture.


以上の説明から分かるように、基本的には中級者、文法をある程度終わった人向けのようですが、とても興味があります。
私の力では今はまだ手も足も出ませんが、来年中には読めるようになる…といいな、と思っています。
ちなみにイディッシュ学において、方言や生活習慣といったものに基づいたサブグループは、基本的にリトアニア・ポーランド・ガリシアに三分類されるようですが、この場合の「リトアニア」とは歴史的リトアニアのいかなる領土とも一致するわけではありません。従って上の「Litvak」はヴィルナ周辺のアシュケナズィーのみならず、ミンスクあたりまでも含むことになります。イディッシュのリトアニア・ポーランド方言の境目はゲフィルテフィッシュの味つけ等とも一致するというのが面白いですね。

なお、著者は以下のような同じく興味深い本も出版しています。こういう本は、興味はあるんだけどそこまで専門じゃないし…という人が手に取りやすくてすごく助かりますね。

Early Yiddish Texts 1100-1750Early Yiddish Texts 1100-1750
Jerold C. Frakes

Oxford Univ Pr on Demand 2005-02-17
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ちなみに「リトアニアのエルサレム」とは上にも書いてますが、ミトナグディームの代表である「ヴィルナのガオン」ことRabbi Eliya Shlomo Zalmanで有名なヴィルナ、ヴィリニュスのことです。ところで「〜のエルサレム」って多いですね。どれだけあるんでしょうか。バルカンのエルサレムとかエチオピアのエルサレムとかは聞いたことあります。

ヴィリニュスは去年の秋に、本物のエルサレムから旅行で少し訪れました。
リトアニアを歴史的なユダヤ教の中心地として紹介する日本人のブログ等はまだまだ少ないでしょうから、機会があればまた写真等で紹介できればと思います。

2011年12月17日土曜日

Paloma Díaz-Mas, Sephardim

風邪は大体ましになりました。
まだ頭痛がしたりと本調子ではないですが、イスラエルでは特に(キリスト教暦の)年末年始の長期休み等は、ハヌカーという祭りを除いてないので頑張っていきたいと思います。

Sephardim: The Jews from SpainSephardim: The Jews from Spain
Paloma Diaz-Mas George K. Zuckre

Univ of Chicago Pr (Tx) 1993-02
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この本は題名が題名だからか、セファラディー(1492年にスペインを追放されたユダヤ人の子孫)関係の「入門書」としてよく勧められます。著者はスペイン人で、上に紹介しているのは英訳版ですが、参考文献にスペイン語文献・論文が多いので、スペイン語資料・スペイン語圏での研究の参考になるという特徴があります。
章立ては以下の通り。

1. Historical Background
  Jews in the Iberian Peninsula
  Sephardic Judaism

2. History of the Sephardim
  Exile to Christian Countries
  Sephardim in the East
  Sephardim in Morocco
  The Second Diaspora

3. Language
  Jewish Languages and the Speech of Spanish Jews in the Middle Ages
  Exile
  The Names of the Language
  Ladino
  Judeo-Spanish: A Fossilized Language?
  Haketia: Moroccan Judeo-Spanish
  Language Registers
  Current Status
  The Writing System

4. Literature
  The Bible and Religious Literature
  The Coplas
  Traditional Genres
  Adopted Genres

5. Sephardim and Spain
  Spain's Reaction to the Sephardim
  Sephardic Reaction to Spain

6. The Sephardim today
  Current Worldwide Status
  Sephardim in Spain
  Sephardic Studies

200ページ強の本ですが、結構ボリュームがあり、通読するのに結構時間がかかってしまいました。
「入門書」としてバランスが取れているのかどうか判断しかねますが、個人的な関心が言語・文学で、本書はちょうどその部分にページをかなり割いてくれているので良かったです。逆に歴史は手薄です。また、本書はあくまでも1492年の追放後のセファルディーを対象としているため、中世スペイン史についてはサラっと触れられているだけですので、その方面のことを知りたい方は別の書籍にあたって下さい。

特に文学で「Copla」という、私の理解ではヘブライ文学におけるピユートに少し似たジャンルがあるのですが、著者がこの分野の専門らしく詳述されていて興味深く読みました。Coplaは大体18世紀に入ったあたりから登場し始め、19世紀には盛況を極める、つまりユダヤ・スペイン語文学の最盛期と軌を一にするもので、20世紀初頭まで続くもので、内容は多岐に亘ります。聖書・ユダヤ教を題材として、一般大衆の教化を目的としたものもあれば、倫理徳目の涵養を歌ったものあり、オスマン帝国が近代との邂逅を果たした後は近代批判、あるいは歴史を扱ったもの、聖者伝(ラビや殉教者)を詠んだもの、シオニズム勃興後はアリヤー(イスラエルの地への「帰還」)を賞賛するものもあり、変わり種としては「料理のレシピ」まであるとのこと。また、セファラディー文学の正統から少し離れたところ、つまりシャブタイ派やその後のドンメ(シャブタイ・ツヴィへの追随者としてムスリム(マ)に改宗したユダヤ人及びその子孫)が書いたCoplaもあるそうです。

セファラディー文学で一番有名なのは、Ramón Menéndez Pidalの収集に代表されるロマンスでしょう(マドリッドのArchivo Menédes pidalにあるとか)。私自身も例に漏れず、セファラディーに一番はじめに興味を持ったきっかけはRomanceroでした。そのRomanceroですが、シャブタイ派及びドンメのものはまたそれぞれ存在するとのこと(同一のものとして扱うべきなのか否かはまだよくわかりません)。話はずれますが、この前エルサレムの古本屋で偶然お会いした研究者によれば、「シャブタイ派のロマンス及びそのメロディーは恐ろしいくらいに美しい」。これは気になります。

その他にもセファラディーによる彼らの言語意識の証言や、19世紀後半によるスペインのセファラディー「発見」及びその後に続くAngel Pulidoの"Los Israelitas Españolas y el Idioma Castellano"及び"Españoles sin Patria y La Raza Sefardí"の出版(1904, 1905)とその反応、フランコ政権時代の対ユダヤ人政策、等非常に興味深い・魅力的なテーマを紹介してくれておりますが、また復習がてらまとめたいと思います。

2011年11月11日金曜日

クレズマーの文化史

日本に帰った時に本屋の音楽コーナーをブラブラしていたら、こんな面白そうな本が。

クレズマーの文化史: 東欧からアメリカに渡ったユダヤの音楽クレズマーの文化史: 東欧からアメリカに渡ったユダヤの音楽
黒田 晴之

人文書院 2011-06-17
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目次は以下の通り。

序章 ベルリンで聴いたクレズマー・コンサート
第1章 あるピアニストの名前への覚え書き
第2章 「縫い目」と「胞子」で辿るクレズマー小史
第3章 シャガールの描いた楽士はどんな音楽を演奏したか(1)
第4章 シャガールの描いた楽士はどんな音楽を演奏したか(2)
第5章 第二次世界大戦中の上海で流れたクレズマー
第6章 「子牛」のまわりにいた人たち
第7章 ユダヤ人の笑いをクレズマーのなかに探る
終章 クレズマーが辿った長い旅路の果てに


著者のお名前は何度か拝見したことはありましたが、文章を読むのはこれが初めてです。
ここ一年弱ほど、ユダヤ人の音楽、特にセファラディー(スペイン系ユダヤ人)の音楽を愛好しているのですが、実はクレズマー・イディッシュ音楽にはまだまだ親しみがありません。Eitan Masuriなどのイスラエル産の再解釈したホラなどは大好きなのですが、自分にとっては未だ未知に等しい領域。昨日エルサレムのCDでダニエル・カーンのCDを一枚買いましたが。

Partisans & ParasitesPartisans & Parasites
Daniel Kahn The Painted Bird

Oriente Musik 2009-03-30
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閑話休題。

読後の感想としては、多少の予備知識は必要とされるかな、という感じです。元が論文なので当たり前ですが。個人的には非常に興味深く読みました。東欧アシュケナズィーの文化はまだまだ個人的に未開拓なのですが、この本のおかげでイディッシュ劇場等に興味が湧きました。

個人的に心に残ったのは二点。アーロン・ゼイトリンの「子牛」(ドナドナです)を巡る議論、及び「ウスクダラ」考です。

「子牛」に関しては、小岸昭『離散するユダヤ人』でも触れられていて興味を持ったのを記憶していますが、
離散するユダヤ人―イスラエルへの旅から (岩波新書)離散するユダヤ人―イスラエルへの旅から (岩波新書)
小岸 昭

岩波書店 1997-02-20
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黒田氏の一章ではかなり詳しく議論されており、興味深く読みました。

「ウスクダラ」に関してですが、個人的にもこの曲を、追っかけてるっていう程ではないですが、注意して調べています。

というのは、私はこの曲が「ウスクダラ」として有名だということを知らず、まずは同じメロディーをアラビア語詞で知り、その後セファラディーの「伝統曲」として「再発見」し、その後ようやく江利チエミ「ウスクダラ」やトルコ民謡曲として、さらには本書で紹介されているBrandweinのクレズマーの「Der Terk in America」、あるいはアーサーキットの録音を「新発見」したからです。

黒田氏も本書の注で挙げられているように、ミュージックマガジン2008年4月号に高橋修がウスクダラのルーツを探る論考を掲載しており、「ウスクダラ」のメロディーは地中海のみの産物とばっかり思っていたので、これはこれで非常に面白いのですが、高橋氏も黒田氏もセファラディー・アラビア語詞の方には触れておらず、そちらから知った身としては不満が残ります。

今一般に知られてる詞はトルコを舞台にした「ウスクダラ」であり、トルコ産のものだと思われますが、セファラディーのもの(「Fel Sharah」で始まるのでそう名付けられることが多いような気がします)はアラビア語・フランス語・イタリア語・スペイン語・英語のミックス、アラビア語詞の方(「Ya Atholey」で始まる)はアラビア語のみで、特にトルコのユシュクダルでどうしたという話ではありません。

私はクレズマーのレパートリーにも入ってたというのが驚きでしたが、これをきっかけに、この歌を叩き台にして、東欧・アメリカだけではなく、広く地中海(≒オスマン領)を含めた、各文化の交渉史について想いを馳せるのもいいかも知れませんね。ちなみにセファラディーの方はGerard EderyとGeorge Mgrdichianによる録音が好きで、アラビア語の方は僕の好きなイラク人アーティスト、Ilham al-Madfaiのベイルートライブの録音が好きです。

MorenaMorena
Gerard Edery

Sefared Records 1999-07-20
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(Gerard EderyとGeorge Mgrdichianのが出てこなかったのでこちらで代用。Fel Sharahの別録音が収録されてます)

Live at Hard Rock CafeLive at Hard Rock Cafe
Ilham Al Madfai

EMI Arabia 2001-01-07
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なお、本書の末尾にはクレズマーのディスクガイドがありますので是非活用して下さい。特に第七章なんかはミッキー・カッツの実際の録音を聞きながら読んだりしたら楽しそうです。
(ちなみにカッツはイディッシュ(ドイツ)語で「ネコ」。ミッキーマウスではなくて、ですね)

Greatest ShticksGreatest Shticks
Mickey Katz

Koch Records 2000-05-09
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2011年11月1日火曜日

絶対貧困

数日前にエルサレムに戻ってきました。
私だけかも知れませんが、どうしてフライトの前、空港の本屋に寄ると妙に本を買いたくなるんでしょうね。

今回購入したのはこちら。

絶対貧困―世界リアル貧困学講義 (新潮文庫)絶対貧困―世界リアル貧困学講義 (新潮文庫)
石井 光太

新潮社 2011-06-26
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前々から気になっていたのですが、ハードカバーが最近文庫化されたようなので購入。
著者の本は他にも気になってますが、こちらが書店に並んでいたので購入。

「貧困学」というのは著者の造語ですが、言わんとすることは以下の通り。

「通常、大学などで途上国の貧困を研究したいと思った時、国際関係学の一分野である国際開発論を勉強することになります。あるいは、国際経済学だとか、国際社会学といった領域からその道に入る方もいらっしゃるでしょう。これらの研究は貧困地域の様々な問題を見直し、どうすれば発展していけるかを考えるものです。(中略)…国際開発論のように最大公約数としての統計をだし、問題解決の緒をつかむことは重要です。ただ、それに加えて、現地で生きる人々の目線で個々が生活の中で抱えている小さな問題をまとめる研究分野があってもいいと思うのです。どちらか一方からだけではなく、双方の視点から考えることができれば、より広くて深い所から、貧困問題というものを浮き彫りにすることができますし、そこで生きる人々の利益にもつながると思うのです。そして私は後者に当たる部分を、新たに『貧困学』と呼んでいるのです。」(317−319項)

著者はフィールドの人らしく、様々な地域(アジア、イスラーム圏、アフリカ)のスラムに足を運び、共に寝起きし、その実態を観察しています。その具体的なケースの紹介が非常に興味深く、面白く、また考えさせられます。

アジアをフラフラ旅行していると、どうしても貧困層が目につきますが、その中で生まれる疑問、例えば物乞い「業」の構造(物乞いで得られる収入が上部組織に吸い取られる)であるとか、何故貧困状態にあるのに太った人が存在するのか、あるいは普段どのような生活をしているのか、何を考えているのか、といったものにこの本はある程度まで答えを与えてくれると思います。

例えばスラムの人たちは低予算高カロリーな「貧困フード」(例えばフライドチキン!)という、ある程度共通したものを食べていますが、野菜は低予算ですが低カロリーのため十分に摂ることができないことが多く、必要なビタミンはサプリメントで補充しているとのこと。スラムでは失業状態が常態である場合も多いので、高カロリーのものを食べ続け、さらに運動量も決して多くないため肥満になるとのこと。(44−46項)

また、出生届等も出していない(法的にも婚姻していないことが多い)上、地域によっては路上生活者に誕生日を祝う習慣がない=自分の正確な年齢が分からないため、ある程度の年齢以上になると適当にキリのいい年齢を自己申告するため、人口ピラミッドで5の倍数の年齢人口が格段に多くなる(例としてインドネシアが挙げられている、137−138項)というのも面白いですね。

「医療」や「生死」について考えさせられるのは、本書で述べられているインドの(伝統的・「呪術的」)薬売りのエピソード。マドゥという物乞いの老婆の体調が悪くなり、手術をする必要があると医者に告げられた(診察は無料)が、当然その費用を払う余裕はなく、孫とともに路上に横たわって死を待つことに。噂を聞きつけた伝統薬売りが来て、「金が払えないから帰ってくれ」というマドゥに対して、「金はいらないから、もし治ったら適当にご飯でも奢ってくれ」という薬売り。毎日毎日マドゥの元を訪れ、薬を与え、力づけるも努力むなしく、誰の目にも彼女の命は今夜限りだろうということが明らかに。薬売りはその時から彼女の臨終までずっと手を握り締め、最後まで死を見届けた。最初から一部始終を見ていた著者は薬売りに問いかける。どうしてマドゥの治療をしたのか。彼は答える。「わしが薬売りだからだよ。薬売りというのは病気の人を助けるために存在しているんだ。もし治せないなら、手を握り励ますことで心を支えてあげればいい」(144−147項)

アジアなんかでよく見る「花売り」(本書では物売り / 物乞い型と記載)の連携プレーも面白かったです。売春婦とともに歩いていると売春婦が「花を買って」とねだることがあるらしいのですが、例えば客(花の買い手)が60円払うとすると、その60円は一体どこにいくのでしょうか。なんと最終的には花売り(子どもが多い)、売春婦、花束の作り手(おばちゃんが多い)三者に平等に20円ずつ入る仕組みになっているとのこと。そのカラクリは以下の通り。まずおばちゃんが花束をつくって、近くの花売りの子どもに30円で渡す。子どもは客に60円で売る(売春婦がそのような値段で買うように仕向ける)。子どもは売春婦のお姉ちゃんに60円で買ってくれるよう仕向けたお礼に手数料として10円渡す(子ども20円の儲け確定)。その後に、売春婦が「プレゼントしてもらった」花束を引きとって、作り主のおばちゃんに10円で売る(おばちゃん、売春婦20円の儲け確定)。よくできた連携プレイで、何一つ無駄な人物・行動がありません。(163−165項)

他にもレンタルチャイルドや物乞いビジネスのヒエラルキー、稼ぎの例等、興味深い事例は沢山あるのですが、著者の他の本を読んでみたいと思います。



アジアを旅行することが比較的多かったので、私も所謂「スラム」という場所には何回か遊びに行ったり、物乞いと接したことがあります。その中でも特に印象深いのは二つ。一つはインド、一つはカンボジアです。

数年前にインドのバラナシの鉄道駅で電車を待っていた時のこと、両足のない子どもが物乞いにやってきました。その時バナナを持っていて、買ったはいいものの量が結構多かったので食べきれず持て余していたので、残り数本全部その子にあげました。物乞い時は「ビジネスフェイス」をしていたその子も予想外の収穫だったのか、破顔一笑、気持よくお礼を言ってきました。
その数分後、今度は両足のない別の子が物乞いに。体格が少し小さいので、どうやら弟のようです。ついさっきバナナも全部あげたし、小銭もないし、ということを伝えるけどなかなか食い下がらない。すったもんだしているところに、さっきバナナをあげたお兄さん(?)がやってきて、弟(?)を厳しく叱りつけました。弟は納得したようで別のところにいったのですが、お兄さんがこちらを見て一言「ごめんね」とはにかみました。
どうやら同じ人から何度も取らない(少なくともそのグループからは)という了解があるらしく、妙に感心してしまいました。相変わらず電車が来ないので(インドなので)ボーッとしていると、さっきの兄弟ともう一人男の子が駅の片隅に集まってさっきあげたバナナを分けあっています。その時「人は一人にて生くるにあらず」というのが分かった気がしますし、「社会」というものの存在を実感した気がしました。


カンボジアの首都プノンペンには大きなスラムがそれこそ旅行者の目にもつきやすいところに沢山あるのですが、面白かったのは使われてない電車を占拠して出来たスラム。電車の中で暮らしてるわけですね。そこに遊びに行ってみたのですが、挨拶してみるとすごく友好的で電車の中に入れてくれて、中を見せてくれました。内戦中に村から逃げ出してきて以来居着いたとのこと。子どもが帰ってきて、どういうわけかケーキを持ってて、一緒にご馳走になったので、翌日お礼に果物を結構たくさん買って持っていったら物凄い喜びようでした。お礼に携帯電話をプレゼントされかけたので、さすがにそれをもらったら先方に不都合が生じるんじゃないかと思い、記念に写真を撮らせてもらうだけに留めました。

プノンペンは他にも川沿いのスラム(ここは治安いい)に遊びに行ったり、スモーキーマウンテン(新旧あります)に行ったりしました。

2011年10月26日水曜日

常岡さん、人質になる。

去年春にアフガニスタンで拘束され、つい最近もパキスタンの空港で不当に拘束されたジャーナリスト、常岡浩介さんのことを覚えてらっしゃる方は多いと思います。
本書はアフガニスタンでの157日間に及ぶ拘束を描いたもの。

常岡さん、人質になる。常岡さん、人質になる。
にしかわたく 岡本まーこ 常岡浩介

エンターブレイン 2011-08-31
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帯に常岡さん自身の言葉として「大真面目に取材をしているつもりですが、ギャグマンガになってしまいました。」と銘打たれていますが、しかり、アフガニスタンで誘拐され人質になるという危機的状況なのにとてもユーモラス。にしかわたく氏の絵柄と、常岡さん自身の人柄がなせる業でしょうか。常岡さんの愛猫「かんだたみ」に対する深い愛も窺える良書です。関係ありませんが、常岡さんがよくかんだたみの写真をtwitterでアップロードするので、妙にそこら辺の猫よりも親近感を感じるようになっています。

この本の中で重要なのは、結局常岡さんを誘拐したのは巷間で伝えられるようにタリバンではなく、「一応政府側」のヒズブ・イスラーミーの末端だということです。在アフガン大使館も「タリバンだ」ということにしていますが、一応日本政府のカウンターパートであるカルザイ政権のガバナンスの実態を慮ってのことか、単なるバカかのいずれかでしょう。
これからのアフガニスタン情勢はカルザイ政権とタリバン側(及びパシュトゥーン)の関係如何というものが大きな比重を占めておりますが、カルザイ政権内部でもかなりの腐敗が進んでおり、一枚岩とは決して言えないことは、常岡さんの一件を考えても明らかでしょう。
余談ですがカルザイは面倒な役を頑張ってこなしてるなあと感心してしまいます。去年実際に会って印象が良かったからでしょうか。現時点では二期目の大統領任期が切れる2014年の選挙には出馬しない(三選は禁止)意向を示しているみたいですが、ポストカルザイがどなるのか、まだまだ分かりませんね。

なお、この前高橋礼一郎駐アフガニスタン・イスラム共和国特命全権大使の講演をお聞きしましたが、カルザイは3月13日の時点で、今回の震災のために在アフガニスタン日本大使館邸宅を訪れたとのこと。他国と比べても相当な早さだそうです。

常岡さんの著書として、以下のものをオススメしたいと思います。


ロシア 語られない戦争 チェチェンゲリラ従軍記 (アスキー新書 71)ロシア 語られない戦争 チェチェンゲリラ従軍記 (アスキー新書 71)
常岡 浩介

アスキー・メディアワークス 2008-07-10
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この本は常岡さんがチェチェンゲリラとともに野を越え山を越え従軍したことを中心に描いておりますが、その内容は凄まじいの一言に尽きます。
特に「難民にすらなれない状況」というのにはガツンとやられました。
こちらも併せて是非読んで頂きたい一冊です。

常岡さんとは一度お会いしたことがありますが、柔らかな物腰の中にも芯の強さを感じさせる人物で、著書やtwitterの呟きから感じる人物像と比べて全くブレがなく、印象通りでした。
これからも私たちの知らない世界の声を届けてくれる稀有な人物として、尊敬し、また応援しております。願わくば彼の声が世界に広く届き、日本政府や関係機関からの妨害が少しでもマシにならんことを。

2011年10月25日火曜日

聖書男

最近売れてるらしいこの本、面白そうだったので買ってみて読んでみました。

聖書男(バイブルマン)  現代NYで 「聖書の教え」を忠実に守ってみた1年間日記
聖書男(バイブルマン)  現代NYで 「聖書の教え」を忠実に守ってみた1年間日記A.J.ジェイコブズ 阪田由美子

阪急コミュニケーションズ 2011-08-31
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著者は「信仰心のかけらもない」「一応ユダヤ教徒」。
前作、

驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる!
驚異の百科事典男 世界一頭のいい人間になる!A・J・ジェイコブズ 黒原 敏行

文藝春秋 2005-08-03
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では、『ブリタニカ百科事典』を最初から最後まで読破したとのこと(未読、注文しました)ですが、今回は一年間「現代NYで『聖書の教え』を忠実に守ってみた」らどうなるだろう、という企画。YouTubeやニコニコ動画などでよく「やってみた」系がありますが、それの聖書版と言えましょうか。

著者は「ヴィルナのガオン」の子孫ですが、ほぼ完全に世俗のユダヤ人で、家族内や親族に信仰心に熱くハラハー(平たくいえばユダヤ教の「律法」、「決まり」、あるいは「(歩むべき)道」)を守る人も多少はいるようですが、「わが家でいちばんユダヤ的なものといえば、クリスマスツリーのてっぺんに飾られたダビデの星ぐらい」(22項)という、雑誌「エスクァイア」のライター。
600ページ超ありますが、翻訳の良さ(訳文の流麗さもさることながら、よく勉強しておられます)もあってスラスラと読んでしまいます。

この本のタイトルの「聖書」は、アメリカで勢いを増している福音派のことも鑑みて、ヘブライ語聖書、つまり旧約聖書のみではなく、新約両方を含んでいます。
著者はユダヤ人ですが、ユダヤ教、つまり口伝律法と歴代ラビの解釈を含めた宗教体系のラビの助言は受けつつ、また伝統的な祭りなどに参加しつつも、あくまで本人が聖書の字句(複数の英訳聖書)に向き合い、素直な字義通りの読み(literalism)を行い実践していこう、というのがこの本のコンセプトです。細かい律法や、ラビ・ユダヤ教ではあまり重要視されない、あるいは現実にはほとんど行われていない律法も行っていこうという姿勢。
面白そう。
モーガン・スパーロックの「30デイズ」(あるいはスーパーサイズ・ミー)を彷彿とさせるようなアメリカ的な企画です。

ヒゲを剃るのを辞め、白いローブを身につけ、生理中の妻には手を触れず、また彼女の座った椅子にも座らず(自分用の折りたたみ椅子を買い解決)、混紡の服の着用を避け(5日目にしてチェックしてもらう)、子どもに鞭(とどうにか認められるもの)打ち、毎月慣れない角笛を吹き、姦淫の罪人に「石打の刑」を執行し、十弦の琴を奏で、コシェルの虫(コオロギ)を食べ、赤毛の牛を捜し求め、奴隷を手に入れ…と、現代においてはなかなか困難な規定にも果敢に挑戦する著者。勢い工夫を凝らしたり失敗したりと、真面目だけどユーモラスな展開が多く見られますが、著者の霊的道程をともに辿っていく中で、色々考えさせられることも多かったです。宗教の研究は「知らないものをよく知ってるものに、よく知ってるものを知らないものに」することだ、と本書に出てきますが、言い得て妙ですね。

感心するのは、聖書という厄介な書物と付き合う上で、実に様々な聖書に基礎を置く団体を訪ね、教えを受けていること。そのせいで、この本は現代アメリカのユダヤ教・キリスト教のルポにもなっています。
例えば著者は、モルモン教や(イスラエルの)サマリア教徒、レッドレタークリスチャンや福音派系メガチャーチ、また字義解釈派の福音派の中でも穏健派や根本主義派や「蛇使い(というよりは蛇掴みのほうが正確でしょうか)」まで広く訪ね、実に色々な宗教指導者と話しています。またキリスト教だけでなく、ユダヤ教超正統派とスィムハットトーラー(スコット・仮庵の祭の後の律法歓喜祭)に参加しともに踊り狂い、ヨムキプール(大贖罪日)には動物犠牲を実行するため、カパロート(犠牲のニワトリを頭上で三回回して屠る)を行い、また疑問があれば「宗教顧問」に逐次相談しています。
実践以前は完全な不可知論者の著者でしたが、最終的に彼がどのようになるのか、邦訳が発売されて二ヶ月経ってない現状で言及するのは少し野暮でしょうか。

「聖☆おにいさん」でキリスト教に興味が湧いた、という日本人なんかが読んでみると面白いかも知れません。ユルユルのイエスとはまた違うユダヤ教・キリスト教の顔が見えてくるかと思います。

新刊:シオニズムの解剖

昨日には書店に並んでおりましたが、本日付けで『シオニズムの解剖:現代ユダヤ世界におけるディアスポラとイスラエルの相克』が出版されました(手に入れそこねました)。

シオニズムの解剖: 現代ユダヤ世界におけるディアスポラとイスラエルの相克シオニズムの解剖: 現代ユダヤ世界におけるディアスポラとイスラエルの相克
臼杵 陽

人文書院 2011-10-25
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章立ては以下の通り。
個人的にはシオニズムに関しては、深入りすると極めて生々しい世界に突入してしまうので横から眺めているだけなのですが、日本には意外に(失礼)研究者がたくさんおります。
ご関心がある方は手に取られてはいかがでしょうか。
個人的にはこれから宗教シオニズムの流れ、特にラビ・クックの研究がどんどん出てくれば、と期待しております。


序章 シオニズムを解剖する 赤尾光春・早尾貴紀

Ⅰ 帝国の衰退とユダヤ政治の展開
忘れられた世代と場所 鶴見 太郎
「イディッシュ労働者」運動としてのブンド 西村 木綿
民族自治から主権国家へ 森 まり子  

Ⅱ ホロコーストからイスラエル建国へ
アメリカ・ユダヤ人とシオニズム 池田有日子
カタストロフィ・シオニズム 野村 真理

Ⅲ ナクバという遺産
国家の起源にどう向き合うか 金城 美幸
〈イスラエルの原罪〉を書けるか 村田 靖子

Ⅳ 入植のエートスとイデオロギー
一〇〇度目の流刑地としてのエレツ・イスラエル 赤尾 光春
死と贖いの文化――フロンティアのメシア主義者 今野 泰三

Ⅴ ユダヤ文化産業におけるヘゲモニーとカウンター・ヘゲモニー
シオニズムの映画的表象 四方田犬彦
クレズマーはシオニズム(と資本主義)に抵抗するか ? 平井  玄

Ⅵ 現代思想とイスラエル問題
バイナショナリズムの思想史的意義 早尾 貴紀
現代思想におけるシオニズムと反シオニズム 合田 正人

日本におけるシオニズムへの関心の端緒 臼杵 陽


なお、関連する書籍として、同じ編著者による書籍を挙げておきます。

ディアスポラから世界を読むディアスポラから世界を読む
赤尾 光春 早尾 貴紀 臼杵 陽

明石書店 2009-06-30
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2011年10月19日水曜日

イスラエル考古学の魅力

amazonが登場して、カードを持つようになり、インターネットで本が注文できるようになってからは本屋に行く必要がなくなった、という人もいますが、それは違うと思います。
当たり前のことですが、amazonで買える商品はあくまでも「自分が存在を知ってる(検索できる)書物」及び「その周辺(おすすめ商品等)」のみに限られます。そもそも自分が知らない商品は検索できませんし、その商品から大きく離れたところに布置している商品と出会う確率は限りなく少ない。そもそも「売れない本」や「洋書」は普通おすすめされません。
そのような未知の本と出会う場はやはり本屋や古本屋でしょう。

というわけで、自分の「苦手分野」の一つ、聖書考古学、レバント考古学の本を本屋で見つけ、読みやすそうだったので帰ってからamazonで注文しました。今は新年休みなので、日本語の本をゴロゴロ寝転がって読むのが心地良いです。

イスラエル考古学の魅力―サブラと遺跡と湖とイスラエル考古学の魅力―サブラと遺跡と湖と
牧野 久実

ミルトス 2007-05
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思えばミルトス出版社にはずいぶんお世話になってるものです。
著者の牧野久実さんは慶応大学とテルアビブ大学で考古学を学び、滋賀県立琵琶湖博物館に長らく携わった方とのこと。
本書は「月刊みるとす」に連載していたエッセイ集をまとめたもので、一章あたり5,6ページほどでまとまってるので、非常に読みやすいです。パレスチナ考古学の発達、それが日本考古学の基礎となっていること、ガリラヤ湖と琵琶湖の共通性、イスラエルの諸大学の考古学事情、テルアビブ大での授業の様子等々が語られており、一気に読んでしまいました。僕の大好きな、「基本的・プライベートすぎて概説書には書けない」(というか書かない)ようなことが語られています。内部にいれば当たり前のことなんでしょうけど、「この大学はこの分野が強い」というのは、私のような部外者には知れ得ることではありませんし、授業の様子(厳しさ)なんかは出ないと分かりませんし、色んな人に書いてもらいたいと思っています。

考古学が発達した19世紀以来、エジプトやメソポタミアでは華麗な出土品・遺跡が登場するのに対し、パレスチナでは「地味」な土器の類ばかり出たが、それが理由で土器編年・層位の方法論が発達し、それが日本にもたらされ、日本考古学の基礎となった、というのはハッとしました。1925年、原田淑人とともに東亜考古学会を設立した浜田耕作が、パレスチナ考古学の創始者フリンダース・ペリーに考古学の方法論と厳密な技術を学んだのが淵源であり、それが梅原末治や小林行雄に受け継がれたとのこと。(220項)
イスラエルなんかと関わる分野にいると、よく夏の発掘の話を耳にし、参加を勧められますが、イスラエルと日本の考古学分野での関係はそんなとこまで遡るんだなと少し驚きました。
また、僕の大好きな大阪の弥生博物館の金関恕先生も長年(30年)に渡って、発掘隊に関わられておられたということにも驚きました。イスラエルでの経験があの池上曽根遺跡の発掘に役立ったとのこと。

話を聞いてるとイスラエルでの夏の発掘は大変そうですが、一度は参加してみたいですね。

なお、イスラエルの考古学事情は、著者によると以下の通りです。(22項)
テルアビブ大はヘブライ大からアハロニらによって新たに設立、ユダヤ教の知識に裏打ちされたヘブライ大の考古学を一歩進め、幅広い視野を目指した。特に今日では歴史的側面だけではなく、関連分野の植物学・動物学・環境学というような分野の専門家や研究環境を用意。
砂漠の考古学に強いベングリオン大学、水中考古学に強いハイファ大学、そもそもは宗教色の濃い大学であるが、フィンケルシュタイン(現在はテルアビブ大学)を始めとし、幅広い知識と方法論を駆使するバル・イラン大学。

なお、上記フィンケルシュタインの著書は以下の翻訳が日本語で手に入ります。

発掘された聖書―最新の考古学が明かす聖書の真実発掘された聖書―最新の考古学が明かす聖書の真実
イスラエル フィンケルシュタイン ニール・アシェル シルバーマン Israel Finkelstein

教文館 2009-06-25
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2011年10月18日火曜日

イスラエルxウクライナ紀行

少し前に、佐藤康彦『イスラエルxウクライナ紀行』を読みました。

イスラエル・ウクライナ紀行―東欧ユダヤ人の跡をたずねてイスラエル・ウクライナ紀行―東欧ユダヤ人の跡をたずねて
佐藤 康彦

彩流社 1997-02
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最近、ガリツィアやオデッサのユダヤ人に興味があるので、読んでみました。
著者の佐藤康彦氏は、ドイツ・オーストリア文学研究者として有名みたいですが、個人的にはヘルツル『ユダヤ人国家』の訳者として存じております。

ユダヤ人国家 〈新装版〉: ユダヤ人問題の現代的解決の試み (叢書・ウニベルシタス)ユダヤ人国家 〈新装版〉: ユダヤ人問題の現代的解決の試み (叢書・ウニベルシタス)
テオドール・ヘルツル 佐藤 康彦

法政大学出版局 2011-10-07
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この『イスラエルxウクライナ紀行』はその名の通りイスラエル、ウクライナへ調査のために訪れた際の記録(1993年夏)をまとめたものです。
イスラエルは主としてエルサレムの中央シオニスト文書館での資料調査を中心に、ウクライナではオデッサからキシニョフを経てチェルノヴィツ、ルヴォフという行程の旅が綴られています。

個人的にこの本を読んでみたいと思った理由の一つに、「ハイファ=オデッサ間を船で行く」というものがあります。飛行機なんかが登場する前は、当たり前ですが海上交通が長距離移動の花形でした。イスラエル、パレスチナを訪れる際もヤッフォやハイファの港から上陸するのが普通。東欧のユダヤ人たちもオデッサから黒海、ボスポラス海峡を抜けて地中海に入り、パレスチナの地を目指したことでしょう。
現代でその航路は非常に「渋い」ので余裕があれば試したいなと思っています。少し検索した限りでは旅客用の航路は現在も存在するみたいですが、具体的なスケジュールや料金を調べようと思ったらロシア語のサイト(分からない)に飛ばされてよく分かりませんでした。佐藤氏の本で書かれている値段は、「三泊四日、ショスタコーヴィチ号の二等寝台、食費を含めて約3万5千円」(片道)と書かれているので、当時でその値段なら今はもっと高いんだろうなと思います。2011年9月の時点で、飛行機ならテルアビブからキエフまで往復200ユーロ程であったので、勇気が入りますね。

イスラエルはともかく、佐藤氏が訪れたウクライナ、東ガリツィアのあたりは、正直全然知識がないのですが、アシュケナズィー(東欧ユダヤ人)にとって一つの中心ですので、もっと知りたいと思っております。
そういえば佐藤氏も訳しているヨーゼフ・ロートの故地、ルヴォフ(レンベルク)はポーランド領内(西ガリツィア)から目と鼻の先で、去年東欧を少し旅行した時に行きたかった場所の一つです。佐藤氏はそれを目当てにルヴォフを訪れておりましたが、渋い。
『果てしなき逃走』は読んだことがあります。

果てしなき逃走 (岩波文庫)果てしなき逃走 (岩波文庫)
ヨーゼフ ロート Joseph Roth

岩波書店 1993-09-16
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『イスラエルxウクライナ紀行』で少し気になった箇所を。

「(引用者注:キシニョフのシナゴーグを訪れた際に)…ユダヤ教における男女の区別は厳しく、このアメリカ式の会堂でさえ、今なおその区別が守られているようだ。しかし将来はきっと、この二階席は別の目的のために使うようになるだろう、例えばキリスト教会における合唱団のような席として。」(181項)

「(引用者注:ルヴォフを訪れた際)二万人近いというユダヤ系の人びとが、あまり祖先の宗教に固執せず、彼らだけの共同体を作らずに生活して行けるならば、そして、ウクライナの人びとが少数派の相手に対してこんな明るい好奇心を抱き、同僚としての親愛感を示すことができるならば、異質な人間にたいする排斥と差別はやがて消滅するにちがいない。シナゴーグがないことは、必ずしも悲しむに当たらないのだ。」(233項)

このあたり佐藤氏の思想が如実に現れているように思いますが、賛成しません。

2011年10月8日土曜日

عن لغة الضاد

テルアヴィヴからKLMでアムステルダム経由で帰る際、John F. Healey and G. Rex Smith の A Brief Introduction to the Arabic Alphabet という僅か100ページ強のペーパーバックを懐中に忍ばせて、ちょこちょこと読んでました。

A Brief Introduction to the Arabic Alphabet: Its Origin and Various Forms (Brief Introductions)A Brief Introduction to the Arabic Alphabet: Its Origin and Various Forms (Brief Introductions)
John F. Healey G. Rex Smith

Al Saqi 2009-03-30
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章立ては以下の通り。

Introduction
I. The Alphabet before Islam
II. The Origin of the Arabic Alphabet
III. The Earliest Arabic Scripts - Pre and Early Islamic Inscriptions
IV. The Arabic Papyri
V. The Classical Arabic Scripts - Kufic and naskhi
VI. The Arabic Scripts beyond the Arabic Heartlands - North Africa, Iran and Turkey
VII. Arabic Writing Today

章立てでは7章ありますが、2章までで全体の半分ほどの量です。
アラビア文字の前身である、ナバテア文字草書体(≠記念碑体)までたどり着くためには原シナイ文字からの文字史を説く必要があるため、どうしても分量が多くなるのでしょう。
学部生レベルの入門書を想定しているため特に目新しい記述はありませんでしたが、中近東文字史がコンパクトに纏まっているので、その分野に興味がある人は読んでみてもいいかも知れません。

日本では(海外でもかな)ナバテア語やナバテア史はあまりメジャーな分野ではないのですが、紀元前後数世紀、及び現ヨルダン・イスラエル南部、サウジアラビア北部という時間的・地理的重要性から、言語学・歴史学・(旧新)聖書学・アラビア語学・宗教学等の分野でもっと注目されるべき分野だと思います。
なお、ナバテア語自体はアラム語、特に中期アラム語の地域変種の一つと捉えるのが一般的ですが、ナバテア人自体はアラビア語が母語だったようです。当時はまだアラム語がリングア・フランカとして行政・商業の国際語として広く通用していた時代ですね。ナバテア王国崩壊後の碑文や墓碑はナバテア文字で書かれているにも関わらず、アラビア語要素がかなり強くなっていくみたいですが、不勉強のため例示出来ません。

著者のJohn F. Healeyはマンチェスター大のセム語学教授。個人的にはアラム語研究者としての印象が強い(特にナバテア語)のですが、ウガリット語研究者でもあります。上記のアラビア文字史入門と似たようなコンセプトで、以下のような日本語翻訳もあります。

初期アルファベット (大英博物館双書―失われた文字を読む)初期アルファベット (大英博物館双書―失われた文字を読む)
ジョン・F. ヒーリー John F. Healey

學藝書林 1996-09
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こちらも啓蒙書で、分量もコンパクトなので如何でしょうか。
個人的には南セム語に疎かったので、勉強になりました。

余談ですが東京大学のシリア語の授業ではHealeyの学習書を使って授業をしているみたいです。

Leshono Suryoyo: First Studies in SyriacLeshono Suryoyo: First Studies in Syriac
John F. Healey

Gorgias Pr Llc 2005-05-13
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私自身はシリア語を独習する際、Healeyの学習書ではなくThackstonを使ったのですが、このことに関してはまた後日。